カープ黒田の座右の銘「耐雪梅花麗」の意味は?支えた嫁・家族の力

カープ選手

元カープ黒田の座右の銘「耐雪梅花麗」の意味は?支えた嫁・家族の力

カープを引退した黒田博樹が現役時に掲げた座右の銘は「耐雪梅花麗」です。男気復帰した黒田のおかげでかなり有名になりました。日米200勝を達成し、メジャーの21億円オファーを蹴った男が引退時にカープで優勝を飾るというなんともできすぎた話となった感動のストーリーは今でも鮮明な記憶として残っています。

200勝達成時には、新井さんが2000本安打を達成した時と同じように選手全員がTシャツを着ていました。そのTシャツに書いてあった文字が
耐雪梅花麗で黒田の座湯の銘でしたね。

では、そんな黒田の座右の銘の意味について調べてみました。




元カープ黒田の座右の銘「耐雪梅花麗」の意味

意味は、苦労なくして栄光なし

これが一番手っ取り早く説明する言葉かな、と思います。これは、まさに黒田投手の人生そのものですね。

上宮高校の2番手投手から始まり、順風満帆な野球人生ではなかったですもんね。苦労に苦労をかさねてやっと達成できた記録です。

西郷隆盛が甥の市来政直に詠んで送った漢詩の一節で、詳しい意味は以下の通りです。

梅の花は、冬の雪や厳しい寒さを耐え忍ぶからこそ、初春に美しい花を咲かせ、かぐわしい香りを発する。

苦難や試練を耐えて乗り越えれば、大きく見事な成長が待っているというたとえ。

大成するには忍耐が不可欠だということ。

また、この事実を知れば楽なやり方・生き方などできない。

こういう意味です。西郷さんの言葉だったんですね。

まさかあの黒田さんが10失点@由宇

確実に新井さんの仕返しですね。悪い意味ではなく、愛情がこもっています。

そして、200勝を達成した黒田もついに引退ということになりました。

カープ黒田博樹の引退

カープ黒田博樹がついに引退してしまいますね。カープ優勝実現のためにカープ復帰をした黒田博樹。その家族が優勝を支えてくれたんですね。

カープ黒田博樹の最終登板は日本シリーズでした。


そんなカープ黒田博樹のプロフィールを振りかえっていきましょう。

耐雪梅花麗を座右の銘とする黒田博樹のプロフィール

項目 内容
名前 黒田博樹
出身地 大阪市住之江区
生年月日 1975年2月10日
年齢 43歳
身長 185㎝

1996年 ドラフト2位(逆指名)

初出場
NPB / 1997年4月25日
MLB / 2008年4月4日

年俸
6億円+出来高

父・黒田一博は元プロ野球選手

上宮高から東都の専修大学へ進学し、チームは4年生春から東都大学1部リーグに昇格。1996年、ドラフト逆指名2位で広島東洋カープに入団

背番号は15。

上宮高校時代も3番手の補欠ピッチャー、専修大学時代も大きな話題を呼ぶピッチャーでなかったです。

カープのスカウトの素材を見抜く力はすごいですね。まさかここまで大きくなるとは思っていなかったでしょうが。

座右の銘:耐雪梅花麗

まさに黒田博樹の人生ですね。
耐えて苦しんだ先に栄光がある。
最後はカープ優勝。

そして日本一へ!

カープ黒田博樹を支えた家族

黒田博樹投手の嫁さんの名前: 黒田雅代さん

黒田博樹選手よりも一歳年上です。

黒田博樹の子供は2人。いずれも女の子です。合計4人家族ですね。

家族はロサンゼルスに住んでいるので直接広島で黒田博樹を支えたわけではないですが、ロサンゼルスから送り出し、精神的な支えになったことは間違いないでしょう。

カープ黒田座右の銘と人生まとめ

黒田博樹のヤンキース時代のツーシームはすごいです。ついにカープ黒田博樹が引退し、連覇を達成しました。黒田の引退後も投手には黒田の考え方が根付いた証拠でしょう。

黒田の座右の銘。カープファンには永久欠番の15と同様に心に刻み込まれるものとなるでしょう。



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