元谷芙美子(アパ社長)の若い頃は?年収・資産・自宅がやばい

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元谷芙美子(アパ社長)の若い頃は?年収・資産・自宅がやばい

元谷芙美子さんといってわかる人はあまりいませんが、アパ社長といえばすぐにあの独特な雰囲気を思い出すのではないでしょうか?

衝撃的な恰好というかホテルで掲示されている看板にもあの社長が登場しており、かなりの有名人ですね。

かなり独特な人ですね。

今は70歳にもなっているそうなのですが若い頃ってどんな顔をしていたんだろうと気になりました。

また、アパホテルで成功しているところから年収や資産、自宅などどんなすごいものなのか気になりませんか?

元谷芙美子(アパ社長)について調べてみました。




元谷芙美子(アパ社長)のプロフィール

項目/th> 内容
名前 元谷芙美子(もとや ふみこ)
旧姓 西川
生年月日 1947年7月8日
年齢 70歳
出身 福井市
学歴 藤島高校

1歳のときに福井地震で生家が倒壊したが、落ちてきた観音開きになった仏壇に

守られて助かったというエピソードもある強運の持ち主です。

福井県の藤島高校に入学後、お茶の水女子大学に進学することと学校教員になる

ことを夢見ていたが、父親が鉛中毒で倒れたことから夢をあきらめました。

藤島高校は偏差値68で県内トップ校です。

県内トップ校にいたことからお茶ノ水女子大も夢ではなかったことから相当の悔しさをもっていたことでしょうね。

そうした悔しさをもちながら、福井信用金庫に入庫

しかし、これがまた強運の持ち主だったのでしょう北陸に拠点を置く金融機関の労働組合の会合にて小松信用金庫(現・北陸信用金庫)に勤務していた元谷外志雄と知り合い、結婚。

後に元谷外志雄が起業した信金開発株式会社(現アパ株式会社)の取締役を経て1994年にアパホテル株式会社取締役社長に就任

福井信用金庫に入っていなければこれだけ有名になることもなかったことでしょうから人生何があるかわかりません。

そしてアパホテルを一躍有名にしたフレーズが 「私が社長です」

これは皆さん聞いたことがあるでしょう。

ネガティブなキャンペーンのように見えて強烈なインパクトを残しました。

結果、これがアパホテルを大きく飛躍させたのだから行動力が桁違いです。

元谷芙美子(アパ社長)の若い頃?

強烈なキャラクターを持っている

元谷芙美子は若い頃はどんな感じだったのでしょうか?

こんな感じです。

確かに若くしたらこんな感じになりそう、という顔をしていますね。

では、人生で成功した元谷芙美子の年収や資産はどれくらいあるのでしょうか?

元谷芙美子(アパ社長)の年収・資産・自宅は?

元谷芙美子(アパ社長)の年収は5億3,000万円

これは2016年時点の年収です。

テレビで告白していた金額です。

ちなみに夫は年収33億円

ふたりあわせて約40億円というとんでもない共稼ぎ夫婦です。

資産も2,200億円というなんだかとてつも
ない金額で常識を超えた金額となっています。

自宅は東京の港区に50億円で建設中と報じられていたので今頃は完成しているでしょう。

もう何が何だかわからない数値でした。




元谷芙美子(アパ社長)の若い頃や年収・資産まとめ

元谷芙美子は知らなくてもアパホテルの社長は知っているという、この事実

うまくキャンペーンを行ったことで一躍有名になり、ホテル経営も問題なくしてきたことで年収も資産も桁違いであることがわかりました。

年収5億円ってプロ野球選手?

夫の33億円でメジャー?

そう思わせるような年収です。

生まれたことから強運だったのか、運命だったのかわからないほど強烈な生き方となった元谷芙美子は我々にインパクトを残しました

わたしたち庶民にはわからない世界の人であることが確実にわかったことは確かです



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